『今夜、列車は走る』


1990年代のアルゼンチンを舞台に労働者たちを描いた映画。
鉄道会社の民営化により、職を失った男性5人とその家族を中心に物語は進むのだけど、彼らが厳しい現実に翻弄される様は、例え地球の反対側に住んでいるとはいえ、他人ゴトとして済まされないのが我が国の現状であり、それゆえに胸が締め付けられるようなものだった。赤旗にもフューチャーされていたし、現代のプロレタリアートといえる。

前半は音楽や映像のタッチは極めて軽く暗さは抑えられており、良い意味で裏切られる場面もある。これも後半と落差をつける秀逸な技法だろうし、故にラストに観客は救われるといってもいい。脚本のすばらしさもあるが、5人の生活が並行して描かれながらどれも無駄にしない構成力は実に見事であり、さらに離散した5人が収束していく流れは目を見張るものがある。俳優たちの演技が、とにかく切なさを煽るし…ただ物語のキーとなる子ども達を冒頭に映すことで、興味を引こうとしたのかもしれないけれど、単調な台詞と緊張感に欠ける描写が2・3度に分けてある意図がつかめなかった。ドラマチックにしたかったのかもしれないが、凝ったギミックや演出にこだわらず、ストレートに描いたほうが、より印象深く出来たかもしれない。

結果として5人に幸福が待ち受けているわけではなく、むしろ悲劇といった方が良い。しかし絶望の向こう側を見せてくれるラストの重要な点は、まだ若い彼らの子ども達の未来は明るくなるだろうという希望だろう。抽象的であり、確信が持てるような希望ではないが、彼らに未来を託すしかない。そう思わなければやってられない、といえば身も蓋もないけれど、監督の切なる思いは観客を強く励ますものだと思っている。

いつの時代も、数多くの社会的弱者は歴史に名を刻むことなく生涯を終える。そんな者たちにスポットライトをあて、心の機微を巧みに表現した監督のニコラス・トゥオッツォはまだ34歳と若く、これが第一作目らしい。確か5年もの歳月をかけてこれを作ったとか。時間がかかったから、スマートさが欠けたのかもしれない。でも、かなり期待したい監督ではある。今度は短期間で作って欲しい。

4月23日、ユーロスペースにて鑑賞