ひぐらしのなく頃に

今日、川崎に『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を観ようと思ったのに、9:45からの上映に間に合いそうにないから11:45からの『ミスト』を観ようと思って出かけました。でも家を出た時間が早すぎたので、横浜をブラついてから川崎に行くことに…ついブラつきすぎて川崎のTOHOシネマズに着いた時には猛ダッシュしたにも関わらず11:50で、チケットを買えなかったのです。でも、このまま引き下がるのはあんまりなので、11:50からの『ひぐらしのなく頃に』を観るという苦渋の決断を。他の上映時間は、夕方からのバイトに間に合わなくなるから選べませんでした。そんなわけで映画の感想を。

元々は同人ゲームだったものが爆発的な人気を博し、様々なメディアへと展開していった『ひぐらしく頃に』の映画化。…といっても自分は名前をチラッと聞いた程度の全くの初心者であるため、映画の情報や予備知識は一切ない状態で鑑賞に挑んでるので要注意。

とはいえ本来「鬼隠し編」「綿流し編」「祟殺し編」というように何編もあるにもかかわらず、鬼隠し編のみが映画化される運びとなり、残りはバッサリ切り捨てられたという無惨はいくらプレイをしていない自分でも容易に分かるほど、ずさんな映画でした。

まず極めて閉鎖的な村に一人の男子転校生(主人公)が現れる。彼のクラスメイトとなるメインの4人のセミ美少女たちの登場で、マルチヒロイン的な要素たっぷりの出だし。教室に入れば主人公は少女達全員から熱い眼差しを向けられ、辺鄙な村にも関わらず制服も何故か4パターン用意されている。全く触れられていないが、男子生徒があれだけ少ないのには理由があるのだろうか。

序盤は少女達と楽しい日々を過ごしながら、村のしきたりを知っていく展開だが、わざとらしいほど長閑に描かれており『綿流しの儀式』を境に主人公が巻き込まれていく恐ろしい出来事との対比を作っているのは悪くない。さらに、最後まで中弛みしない程度に引き締まったテンポで進むのは評価出来る。かわいい女の子を両脇に抱えて、過剰なほどのハーレム状態から一変、奈落の底に突き落とされる恐怖のギャップがすごい。

一方、カメラワークが映画の質をかなり下げていたのが気になる。台詞の場面ではバストアップが明らかに多く、素人漫画家が全身カットをなるべく書きたがらないのと同じで、アングルなどの工夫を極力避けたような逃げを感じた。美少女だからアップなのかと思ったら、暑苦しいおっさんまでアップだからこりゃダメだと。緊迫した画面ではカットのアングルが小刻みに切り替わるが、タイミングがおかしいと鑑賞側を苛つかせる他なく集中力を欠かれた。主人公の不安を表しているとしても、技巧が足りないのか映画全体に支障をきたしている。

それ以上にこの作品の最大の問題点はサスペンスとしての謎解きが一番の魅力である原作(でしょ?)が、不必要に意味深なネタを盛り込んだチョイグロホラーに成り下がっていること。川原亜矢子演じる昼は看護師として働き、趣味として村の呪いを探る鷹野や、医者の絡み方が非常に不明瞭で、何も知らない観客はどう考えも取り残されるが、大きなキーパーソンであることは明らか。さらに、一番キナ臭い巫女の少女の存在感が後半まったくと言っていいほど無くなったり、主人公の過去をフラッシュバックの瞬間描写で済ませるやっつけ仕事ぶりには唖然。確かに鬼隠し編のみを映画化にするという営利目的以外にヤル気のない企画段階で、推理モノからホラーに都合よく摩り替えるのは止む終えないにしても、中途半端に謎解きさせようと鑑賞側に望んでいるのは悪質極まりない。完全に不条理なホラー作品に徹底したほうが、より成功に近づいたはず。

いくら考えたところで憶測に過ぎず、ヒントも抽象的過ぎる。『さて答えはみなさんで考えてね』という投げやりなエンディングに憤りしか感じなかった。近年の日本にありがちなラストが釈然としないB級のJホラー作品になってしまった分、原作の熱心なファンは私以上に腹立たしかっただろうに…と言いながら久々に映画館で観たホラーモノに不覚にもビビってしまった情けない私。

・あくまで余談ですが、主人公の頬に予期せぬピアスホールが開いたシーンはグッと来ました。特に抜くときの苦しそうな感じが…(ドエス目線で) 前田公輝君はなんかカワイかったです、お姉さま的に。