『休暇』

上映館数が異常に少ないなか、地元で奇跡的に観ることが出来た。公式HP.

ある刑務官と、死刑が確定している囚人を中心に描くドラマ。原作は吉村昭の短編小説だけど未読なので比較はしない。

間近に控えた裁判員制度の実施から、社会的な意識が高い作品になっているかと思いきや、過剰な主張はなく控え目な作りでかなり好印象。それでいて観客に投げ掛けるメッセージがあり、かなり試されているのを感じる。

出だしの法務大臣が印を押すまでの書類の動きは、首から下しか映さず、いかにも事務的な流れ作業といったところで、誰かが『ベルトコンベア』と発言したことを思い出した。

しかし、拘置所の刑務官たちと署長のやり取りなどはリアルである。この『リアリティ』というものは弊の向こう側を知る術もない私にとっては想像の産物であり、同時に少なからず願望も混じった上でのリアルだ。

映画の重要な点は金田が一体何の罪を犯したのか明かされないことであり、背景を排除したことで普段は罪の差異で振り回されがちな大衆を逆手に取ったよう。考えすぎか?まぁ、永田基準を考えても彼がそれ相応のことをしでかしたことは確かだけど。

刑務官という職務を新人、中堅、ベテランと段階をつけて描くのは興味深い。特に死刑執行の決定を発表する召集があった時に呼ばれなかった新人がやや興奮気味に興味を示すのを、中堅刑務官が『お前は知らなくて良い。いずれ分かるのだから。』とたしなめる場面など、会話からそれぞれのズレと刑務官としての経験を積むということは何たるかを表現するのは巧み。それを踏まえた上でのベテラン刑務官の『何度やっても慣れないな』はあまりに重く圧し掛かる。

この映画で一番明確に現されているのは『』だけでなく対比する『』であり、小林薫演じる主人公の平井が見合いをし、結婚相手となる女性の息子がまさに『生』である。平井が金田の『死』を持ってして得る『生』。金田の描く絵が白黒なのに対し、息子が落書きする絵がカラフルであったり、平井の息子を抱っこする姿が、絞首刑になった金田を押さえる姿に酷似しているのは両者が対になっているしるしだろう。

さらに金田を演じる西島秀俊の迫力たるや、すさまじいものがある。日頃は大人しく絵にひたすら時間を費やし、機械的なほど規律正しい彼だが、ふとしたことで自分の死刑の執行を悟ってしまった後の錯乱ぶりには圧倒される。しかしそれが意外な一面として見えるのではなく、大人しくしている時に抑圧された感情を孕んでいるのが分かるからこそ、スクリーンを通してもエモーションの伝わり方が半端じゃないのだ。

さらに、作品中何度もたっぷりと取られる『』が、緊張感ではなくむしろ重い空気を作り出していて、作品の個性の一つといえる。特に金田の妹(今宿麻美)が面会に来る場面は息苦しさすら覚えた。

平井が『休暇』を得てから家族となっていく過程も自然。(作品では過去と現在が交錯して描かれるのだが、そこが少々ぎこちない。)彼の妻の妥協と幸福の微妙なラインを大塚寧々が繊細に演じているのも良い。

金田の過去を知りえないもどかしさが残るが、やはり人を合法的に人を殺す「死刑」に納得は出来ない。作品のスタンスは死刑制度の是非を離れたところに置き、人間ドラマだけで訴えるものとして優れており、その過程に尊厳があるからこそ、胸が張り裂けそうだった。機会があったらどうぞ、なかなかの佳作です。