『ぐるりのこと。』


午前中の授業が休講になり、早めに出かけてホットファズを観る予定が寝過ごした…というわけで放課後に『ぐるりのこと。』を遅ればせながら横浜109シネマズにて観賞。(ホットファズは金曜に先送り)橋口亮輔監督作品としては、『ハッシュ!』以来の実に6年ぶりとなる。そのブランクの間、彼は鬱病に苦しんでいたようで、その経験は作品にも反映されている。

ぐるり、というのは自分をぐるっと取り囲む環境を意味するようで、1組のありふれた夫婦とその外部を広い視点で捉えているのが非常に特徴的だ。靴屋で仕事をする夫カナオは女の尻ばかり追いかけているようなだらしのない男で、妻翔子はセックスをする日も決めるほど細かい女。しかし、彼女のそんな行動は決め事にでもしないと不安で仕方が無いという心の現われなのだろう。ほぼ固定されたカメラから遠巻きに撮影された夫婦の痴話喧嘩は見ていて微笑ましい。

冒頭で『女に苦労するのは分かってる』『私がしっかりしなきゃ』と言う翔子だが、カナオは女遊びが激しいわけではなく、むしろ法廷画家という定職に付き安定していく。翔子も妊娠をし、先の見えない夫婦生活に希望の光が差したと思えば、それは流産により悲劇へと変わっていく。この過程で、翔子は『私がしっかりしなきゃ』から『カナオがだらしないから』という要素が抜け落ち、どんどん自分を責めては落ちていく。カナオの視線にも鈍感で、気が付くことが出来ない。思った通りに人生を進ませることが出来ないことへの失望と自責が病に繋がる点で、やはり監督の経験が生きている。

法廷画家としてカナオが『』で働く場面はと交錯して、翔子の変化を描いてはいるものの、全く絡んでないところが(正確に言えば全くではないけれど)この映画のポイントではあるのだけど、音羽幼女殺人事件や、オウム地下鉄サリン事件、池田小学校児童殺傷事件など、社会を大きく揺るがしてきた事件をモデルにした裁判のシーンが、この映画を手放しで賞賛できない原因にもなっている。加瀬亮が演じた宮崎勤をモデルにした被告人は『それでも僕はやってない』を皮肉っていると考えても、良くも悪くもインパクトが強すぎて、後味の悪さと作られた不自然さを醸している。個人的にも大好きな加瀬亮の『食べた!』が未だに強烈に残り過ぎて邪魔。

音羽幼女殺人事件で横山めぐみが演じる証人のアンクレットをはめたヒールの足にカナオが注目するシーンは面白く、被告人を橋本作品ではおなじみといっていい片岡礼子が演じているのも良い。誰もが知っている実際に起こった事件を描き、それをカナオが法廷画家として淡々と観察してスケッチしていく姿は実に現代的で、ブラウン管から事件を傍観していたであろう観客と、目の前に犯人がいるカナオとは物理的な距離が違うのにダブるものがある。

そう見せて置きながら、スケッチの仕上げを日当たりの良い精神的に開放的な場所でしているカナオの姿は、実は裁判中は精神的な負担が大きいことを象徴しているし、人はそこまで無関心を貫けないという希望でもあるのかな、と。こういう観察者としての役割を果たすカナオにリリー・フランキーの普段のイメージも合っていて、自然体で演じているのが良い。

翔子がカナオに本音をぶつけていく喧嘩シーンは、ほとんどアドリブなんだろう。翔子の苦しさも痛みも涙も鼻水も全部受け止めていくカナオの優しさが引き立つ。ペロッと鼻を舐めるシーンも、序盤で妻がペロッとカナオの手の甲を舐めるのと重ねているし、グッと二人の心の距離が縮まり、肩肘張らないカナオに取り込まれ夫婦として前に進んでいく姿が美しい。

カナオはとことん優しい。対等な目線で、ちゃんと話を聞いてくれる。料理までたまに作ってくれる。カナオの優しさは、自分が自殺してしまった父親に『捨てられた』という気持ちが強いからだ。感情表現が豊かではないのが、妻が不安になってしまう原因の一つだけど、余裕がないと他人の優しさにまで心は鈍磨になってしまうということかと思うと切ない。

といっても、翔子が鬱から立ち直る過程は、さらりと流しておりカタルシスを強調するわけでもなく、ドラマ的な演出を排除しているのは意図的なんじゃないだろうか。10年も夫婦していればいくつか分岐点があって、そのひとつに過ぎないということだと個人的には解釈した。レディースデーで観に来ていたレディたちも、夫婦生活を振り返ればきっと何か思い当たるはず。そういう要素の一つとして作品内で、精神の病も消化している点を評価したいし、逆に意見が割れそうな点でもある。

木村多江の美しさも見もの。寺院の天井画の依頼を受け、日本画からインスピレーションを受けるため夢中で本を眺める後姿は、スラッとした美脚といい、見えそうで見えない美尻といい、カナオならずともソソられるだろう。カナオは妻の生き生きとした様子に喜び、性的にも魅力を感じながら、満足げに微笑み静かにふすまを閉める。ここも、序盤でカナオがアナルセックスを拒否されたシーンを思い出せば、体ではなく心で強く繋がっている夫婦の変化として見て取れる。

10年経ったようには観えないのがちょっと残念で、実際の事件とリンクしていなければ10年も流れる必要もない気がする。ただ、いくらか目を瞑れば、なかなかの秀作でこれからの橋口監督に期待したくなる。ゆっくりとしたペースで良いので。

ちなみに梨木香歩のエッセイ『ぐるりのこと』とは何の関係もないのにタイトルが酷似しているのは大丈夫なんだろか…。