『百万円と苦虫女』旅するカーテンと21歳の夏

短大卒、就職浪人、形見の狭い家にいながら暮らす21歳の鈴子(蒼井優)。些細なトラブルから前科者となってしまった彼女が、自分を誰も知らない町で働き、百万円貯まったらまた違う町に行く、という『自分を探さない旅』をする物語。監督は『赤い文化住宅の初子』などで注目されるタナダユキ。個人的にオムニバスドラマ『週刊真木よう子』でも彼女が監督した『蝶々のままで』がかなり好きだったりする。

主人公の鈴子の旅と、地元にいる弟の拓也の様子を織り交ぜながら進んでいく。前科者になるまでの展開をスムーズに見せ、拘置所から自宅に戻った初日、家族の歓迎ムードの違和感から弟の一言で始まる不協和音の流れが良い。観客の『?』を次の場面で『!』に確信的に変換させている。周囲に吹き込まれてか、弟の目には出来の悪い姉に映っていた鈴子の強い一面を見た後のやりとりも自然なのに、胸がキュ―っとすることさらりと言ってのける。

最初に向かった先は海の町。海の家で働いて、周囲の人々との距離感が縮まりそうになったタイミングで次の地へ。海の次は、山の村で、桃農園で住み込みで働き始める。またしても自分を取り巻く環境がざわつき始めると引っ越す。それは彼女が人との関わりを、馴れ合いを避けているだけでなく、自分に期待をされることを極度に拒んでいることを表している。期待をされること、それに応えようとすることは自分と否が応でも向き合わなくなるからだ。自分が前科者であることをバラしてまで、彼女は期待を避ける。いや、前科者であることをイイ言い訳に利用すると言った方が良い。ピエール瀧が良いとこ持ってくんだよなぁ。この田舎の家も小道具が以上に細かい。チラリと映った三角形のお土産タペストリーなんて、いつぶりに見ただろう。

いつも苦虫を噛み潰したような顔で笑う鈴子。面倒なことに巻き込まれたくないからそうしているんだろうけれど、それは窮屈なもの。部屋で一人になると細い肢体をいっぱいに伸ばして大の字になる。手縫いのカーテンがそよぐ部屋、彼女は居心地の良い場所を捜し求めている。

そしてたどり着く地方都市。同い年の青年中島と出会ってしまった鈴子。もう、表情が乙女に切り替わっている。心の機微を控えめな演技で鮮やかに表す蒼井優の演技が素晴らしい。自分をさらけ出すことを恐れていた鈴子の不器用な告解がまた愛おしい。仕事もしっかりこなし、鈴子の心も理解しリードしていた中島を所詮情けの無い男だったのかと思わせたところでの本音は裏切りとして用意していたのかもしれないけれど、脚本があまりに丁寧なため想像出来てしまったのは残念。

並行して描かれる弟はいじめに遭っている。弱い自分と向き合うことを避けるため、いじめを周囲に明かさないで首を横に振る。強がりは、鈴子と同じだ。自分を探さない、自分から逃げている彼女の旅が、結果自分のルーツである家族(弟)を通して、自分の弱さを知る旅になる。弱さを知ることは、成長すること、強くなることなんだな。モノローグで語られていた弟への手紙の真相が明かされたとき、一気に込み上げる切なさは何て粋な計らいなんだろう。

場面や台詞に合わせたピントやズームの技法と、表情の切り取り方が絶妙過ぎる。蒼井優の映画を通して変化していく表情に何度ドキっとさせられたか。強い眼差しと、ほのかな色気と押し殺した声、まさに彼女のための映画である。モロ師岡(好き)や佐々木すみ江など脇を固める俳優陣のバランスや森山未來のヘタレな不器用っぷりも良い。

丁寧過ぎて、少し語りすぎてしまう脚本の欠点がラストに残ったのが惜しかった。言わなくても分かること、観る側が映画を通して直に聞くよりも、心で察することがいかに映画の深みをもたらすか改めて実感。それでも、甘さや湿り気のない、ひねりの効いたラストは爽やかな酸味を残してくれる。21歳の夏に、観ることが出来て幸せだった。

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《蛇足》
結構、プロの批評家からのツッコミも見かける『百万円の貯まるスピード』の疑惑なんだけど、これって一つ一つのバイトでイチから百万円を貯めてるんじゃなくて、最初に百万円持って旅に出て、敷金礼金や次のバイトが見つかるまでの繋ぎに百万円を切り崩しているんじゃないか。だから旅に出る前に地元で鈴子はバイトしていたんじゃん。(ここのコスプレもたまんないね)そんくらい分からなくてどうするんだよって思った。海の家でひと夏、百万も稼げるわけないだろwwwwwwwということです。