『イントゥ・ザ・ワイルド』

クリス・マッカンドレスの実話に基づくジョン・クラカワーの原作をショーン・ペンが映画化。主演はエミール・ハーシュ。

青年の親や社会への反抗は青春映画の永遠テーマだ。反抗はドラッグへの逃避であったり、義務教育からのドロップアウトであったり、暴力に明け暮れる自暴自棄なものであったりと様々である。

けれどこの映画の主人公クリスはそういった形態での反抗とは異なる、反抗というよりは回避とでもいうのか。それは彼が裕福な家庭で育ったこともあり、彼の目的が人の決めたマネーやマテリアルで溢れる社会から離れ、大自然の中で自分の力だけで生きるという『究極の自由』を手に入れることだからだ。その思想がソローが自給自足で過ごした森の生活やトルストイなどに強い影響を受けていることは映画における多くの引用文がなくとも明らか。旅をする彼を突き動かすのは反発心というよりも理想であり、それはまるで治ることのない美しい病のように彼にとりついて離れない。

クリスのような人物が私のような大多数の凡人をも惹きつける要因は彼が人に絶望していないことにあるかもしれない。観客は突き放されずに済む。クリスは魅力的な人柄から彼らに静かな波紋を広げるが、自身の孤独な生活をかたくなに守り続ける。ストイックにアラスカだけを見つめる。しかし、彼が最後に見るオルタナティブのイメージは出会った人々の存在なしではありえないもので、死を持ってして知った彼に何とも言いがたい痛みを感じた。

まるで60年代の映画のような陶酔に満ちた作品だが現代的な視点で見ても違和感が薄いのは、クリスの唯一の理解者であり苦しみと血を分けた妹のナレーションの助けが大きい。彼女がうっすらと当惑を交えながら丁寧に語るクリスと彼女の私生児としての生い立ちや彼の性格、世間体ばかりを気にする喧嘩の耐えない両親などの背景を知ることでずっと作品に入りやすくなる。時折はさまれる、クリスの喪失から次第に動揺を隠せなくなる両親の変化も涙を誘うもので、崩れる父親の姿は胸をえぐる。ウィリアム・ハートは良いなぁ。

自然という最高のロケーションを存分に生かした映像美も素晴らしい。これも『モーターサイクル・ダイアリーズ』の撮影を務めたエリック・ゴーティエの腕。鳥や馬など動物たちの自然の中で作り上げられた均整の取れた美しい肉体に対して、自然に何度も立ち向かい打ち破れてきた人間のか弱い体の描写は印象に残る。その点でエミール・ハーシュは表現者として素晴らしい仕事をしているなぁ…クリスが極限までやせ細る姿は本当に命の危険を感じさせる。このためにエミールは18kgダイエットし、ほぼ餓死状態だったようだが『マシニスト』のクリスチャン・ベールを思い出してしまうほどやせ衰える。*1

終盤、ヘラジカの燻製が失敗に終わるときの生々しさや、急速に"死"の気配が臭いたってくる残酷さも、いかなる場面でも克明にクリスの生涯を捉えようと食らいつくカメラの執念と敬意を感じさせ、こちらの呼吸が乱れそうになるほどだが目が逸らさせない気迫がスクリーン全体から襲ってくる。

何が正しくて間違っているかという判断は容易くないが、共感を求めているような押し付けがましさもなく、彼が信じたことが彼の真実であるという姿勢がいい。そして旅の結末はどうであれ、彼が行き着いた答えがあれば彼の生涯は幸福だったのではないか。そう思いたいだけかもしれないが、それでいい。反社会といってもロスト・ジェネレーションのような傷つきやすい弱々しさはなく、尾崎のような大人のクソッタレもない。志半ばではあったものの、若くして無くなった彼の魂は永遠に文明社会に取り込まれることはないわけで、蒼く高潔な彼の精神がそういう美しいカタチで凍結されたことはなるべくしてなったかのような思いさえよぎる。

後味のいい映画だった。今どき珍しいほど美しい。それが必ずしも良いと言えないけれど、彼が愛読した数々の本を同様に愛した私は、この作品を愛することにした。

にしても観客は私以外全員男性だったなぁ。

*1:少し痩せた状態は昔のディカプリオっぽかったりする。