美。ビビビ。美。

ウホッ、二日ぶり。昨日は『おろち』観ました。感想は後で書くけど、この映画が評価が低いのって、見方というか作品へのアプローチが間違ってると思うんだよね。鶴田監督が狙ったポイントを完全に取り違えちゃってる感じの寂しい(プロの)批評を見かけた。そんな連中に『結局おろちは何だったのか』なんて愚問を並べられて、のけぞるほど呆れ返ってしまった私はかなり満足しました。29歳で美貌が崩れ始めるという設定を変えたのが生きましたね。女目線からすれば、ほんとホラーだよ…。

化粧品(肌ケアみたいな?)なんて、研究には金をかけてるかもしれないけど、原材料費なんてたいしたもんじゃないくせにあんな高額で売りやがって、どんだけビューティ業界はボロ儲けしてるんだよ。外側から保湿つって、ヒアルロン酸だのすっぱそうな名前のワケ分かんないもん塗って、ボトックスで注射して表情コチンコチンに固めて、おまけに内側からキレイにだのいって得体の知れないものを飲んで…涙ぐましい努力をして加齢に打ち勝とうとする女性たちは、恐怖におののいているんだろうなぁ。いや、私だって恐いよ。

でも、チャリンコに乗っている女性が、両手をなべつかみのような手袋でガードしていたり、サンバイザーをかけてサイクロップスみたいになってたりすると、そんな恥ずかしい姿を外に晒して良いけど、美は保ちたいということなんでしょ?だとすると、美は若い頃は男性を魅了したいためだったかもしれないけど、どんどん鏡に映る自分が全てになっていくというか、見せるために外に向かっていくんじゃなくて、維持するために内に向かってってるようにも思えますね。いや、そう考えると電車の中で化粧する若い女も同じになるか。鏡に映る自分は気にして目をひん剥いて付け睫毛の位置を直すのに、世間の目に映る自分は気にならない…必ずしも『世間』という『存在』が悪いと思わない私には理解できないです。世間って電車で隣に座ってる名前も分からないナニガシじゃないですよね。自分で設定した神様の目みたいなもんでしょう。そういう意識ってあったほうが良いと思うんだよな―。

うちの母はきれいですよ。シミもシワも少ない。少し下がってきた目尻だって全然気にならない。臆せずめいいっぱい笑ってる顔がかわいいと思う。『恋でもしちゃおうかな』なんて一発殴らせて欲しいこと言ってる大竹しのぶよりずっときれいだ。(あのCMはホラーだ) 母は自分が知らない人にもどうみられるか気にしてる。気にするって、神経質なもんじゃなくて、意識してるって言ったほうがいい。だから痛々しさがないのです。私も母のように年を取れたら理想的だ。