わざとやったの。

十二の遍歴の物語 (新潮・現代世界の文学)

十二の遍歴の物語 (新潮・現代世界の文学)

ガルシア・マルケスの短編集、私はまだ前にコピーを貰った『雪の上に落ちたお前の血の跡』だけしか読んでないのだけど、ちゃんと本を先生からお借りしました。

『雪の上〜』はその十二の短編のラスト。育ちも良く知的な美少女ネーナ・ダコンテと金持ちのボンボンだが理性もない粗暴な男ビリー・サンチェス。住む世界も丸っきり違う二人が出会い、恋に落ちることで互いの知らなかった世界を知っていく、典型的なラブストーリー。結婚の記念にパリへ旅をするが、ネーナ・ダコンテは薔薇の棘で指を怪我をしてしまう。その指から血は止まることなく流れ続けて、遂にネーナ・ダコンテはパリの病院に搬送されてしまう。

甘い情熱に包まれた二人の旅路をネーナの血がなぞっていく。それだけにとても惹かれる。ネーナ・ダコンテをことさら美しく魅力的で知的な人物にしているだけ、ビリー・サンチェスの愚かさは強調される。もう本当に馬鹿でどうしょうもない男なんだ。でも、彼は彼女と出会うことで、死についてほんの少し考えてみたり、今まではどんな粗相も親の権力が揉み消してくれたけれど、自分でどうにかしなくてはならなくなる。私は彼が彼女のことを考えながら部屋を片付けるところが好きだったりする。その頃彼女が病院でどうなってるか考えもしないで、彼が彼女の血の付いた服を洗う。本当に、本当に愚かなんだよね。切ないくらい。

白い雪に赤い血ならイメージも浮かびやすい。それはありがちなシーンだからかもしれない。でも、彼女の血は逆に雪に覆われてってしまう。作品の中にネーナ・ダコンテの『雪の上に落ちた私の血の跡』という台詞があるけれどタイトルは見ての通り、生きてしまっている男、息を引き取った瞬間も彼女の手を握ってすらいない愚かなビリー・サンチェスに向けられてるんですよね。そして最後に人が死んでも悲劇という印象は薄くどこかユーモラスです。哀れな生者に向けられたマルケスの眼差しが、同情でもなくかといって冷ややかな突き放しでもない、いい距離感。それに、ネーナは死ぬために生まれてきたというか、分かりきっていた死を最初から抱えているんだけど、彼女のキャラクターを考えると、その死は間接的な自己犠牲的な愛のようにも思えた。男を『男』にするのは、いつだって女なのか。

あと、今まで読んできたマルケスの話で思ったのが、肉体的な欲求から始まる関係が多い。切っても切り離せないってことなんだろう。ちなみに今日読んだ『無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語』でも肉体的な欲望から始まり、自己犠牲によって幕を閉じているようにもみえる。

そうそうマジックリアリズムってやつ。この嘘を真にしてしまう手際の良さに驚く。物語の中で、そのマジックはたやすくリアルになってしまう。同時に、瞬時に情景がイメージできる自分の脳の回転の良さに驚いた…ってそれはマルケスの力だろってね!分かりやすいんですね、マルケスは。

『エレンディラ』はまた読みたいけれども、『雪の上に〜』はどうだろう。個人的にこの手のお話は一回で良いかなと思いました。

エレンディラ (ちくま文庫)

エレンディラ (ちくま文庫)