『トウキョウソナタ』

黒澤清監督作品で海外映画祭では高い評価を受けた作品以外にこれといった前情報もなく鑑賞したけど、すごい映画だった。遅ればせながら稚拙な感想をば。

父親は有名な会社の専務だったが、ある日上司からリストラを宣告される。地位に見苦しくすがりつかず、気丈に会社を後にするが行くアテがあるわけではない。とった行動はカッコよく映るかもしれないが、カッコよさと自尊心のエゴでは食ってはいけない。家では権力を振りかざすが、外ではハローワーク通い。昼食は無料支給頼りだ。

そこで出会う同級生黒須は、すっかり無職の生活に慣れ切ってしまい、淡々と彼にアドバイスをする。あまりにもあっけらかんとしたその態度には生気がなく、身が凍る。それだけに彼が自身を『ゆっくり沈んでいく船みたいだ』と言う場面は意外(そういうことをまだ彼に言わせるのかという)だったというか、不自然だった。SOSというよりは、もはや無意識に放たれた寝言みたいで。

次男は、ピアノに惹かれ、くすねた給食費でピアノ教室に通い始める。長男は米軍になることを志す。彼らを突き動かすものはピュアネスに満ちている。何だかちんけな言葉を使ってしまったが、子どもの動機の純粋さが、観る者の救いになると同時に、権威で家族を圧していた父親に激しくぶつかっていく。

生きるということはゆっくりとヤスリで削られていくようなものかもしれない。父親は少しずつ築かれてきた『権威』を削られていく。外の世界で、プライドをズタズタにされて徹底的に削られまくるその姿は、観ていて胸が苦しくなる。家庭の中でようやく保たれていたそれも、擦り減って糸のように細くなり、それは次男が階段から滑り落ちたときにプツリと切れる。

唯一家族をようやく「家族らしく」していた母親が絶望やらなんやらを飲み込んで空に手を伸ばして言う『誰か私を引っ張って』という期待のない呟きはあてもなく宙に漂ふ。しかし彼女の手を引っ張る男が現れて、物語は加速度を上げる。そんな彼のマリア様になってしまうのだけど、彼女は一体どんな幻を見たのだろうか。この映画で目を見張るのは、一瞬『死』を臭わせる場面が何度かありながら、それがあまりにも颯爽と通り過ぎてしまうところかもしれない。清々しいまでに足跡を残さず走り抜ける『死』に震えた。

それぞれが、それぞれの場所で迎える朝日は美しい。私は、朝日というものが酷だと思っていた。明けない夜があったら良い、そんなことを考えるときがあった。どう足掻いたって明日が始まってしまう、その瞬間に突きつけられる自分の無力さが嫌いだった。しかし、この作品の朝日は気持ちが良い。まったく何が解決したわけでもない。一人ひとりで見ると、先はまだ何も見えていない。それでも、家族が集まると不思議と霞がかった未来の先には希望が見える。

次男のピアノの旋律が、優しく紡がれたときに包まれた幸福感は観賞してから2週間以上たった今でも鮮明だ。

  • おまけ

小柳友ってブラザー・トムの息子だったのね!! 知りませんでした。トムさんには、この間川崎に行ったときに某フードコートで体当たりしそうになってゴメンナサイとお伝えください。(実話。無駄にデカかったが、息子もデカイ)

アンジャッシュの児島の演技がなかなか器用で驚いた。この映画のキャスティングには惚れ惚れする。