キャラメル戦争

いつだってキャラメルはチョコレートの陰に隠れていた。

私はお菓子ヒエラルキーにおいてキャラメルはチョコレートと常に頂点を競い合い、双璧を成す存在だと思ってたけど、想像以上にその位置は弱々しかった。バレンタインデーはもちろん、何故かホワイトデーはマイナーなマシュマロにその座を譲ってしまった。よく考えてみれば、原料は水飴に練乳、澱粉に植物油脂…そう、誰も傷つかない。カカオみたいにコートジボワールの児童労働だって必要ないんだ。

そんな優等生、お菓子の学級委員キャラメルが『生』キャラメルとやらのせいで注目を戦後以来久しく浴びている(適当)。生ぬるい腰抜け油分タップリメタボ野郎が話題だからって何だ。私はグリコが好きだ!森永のハイソフトとミルクキャラメルの方がもっと好きだ!

忘れない。ニチャニチャと噛んでいた私の奥歯を抜いてくれた遠いあの夏の日。突然の『ガリッ』とした食感。滲んだ鉄の味。私の一部は君と融合した。その瞬間、私たちは固い絆で結ばれたんだ。しかし私はあまりの衝撃に君を吐き出した。私は未だにそれを悔いている…だから早く私の一部になりたがって食道へと急ぐ君を、こうして長く味わっているのも、せめてもの償いだと思わせてくれ。

キャラメル、香ばしい薫り。何が『チョコレイトディスコ』だ。君の芳香はパフュームにだって負けていないさ。しかしその香りさえ、人工香料に奪取される始末だ。何がキャラメルマキアートだ。おしゃれな名前をしながら、植物性の生クリームがべったりと豚汁のように口腔を犯し、バニラの人工香料が嗅覚を狂わせるだけのクソ汁だ。この間食ったキャラメル味のチョコレートも、キャラメルの風味は全て香料で補っており、ぞんざいに扱われたキャラメルの憎しみがめらめらと立ち上るように燃えていた。だからあんなに溶けるのは早かったんだ。

キャラメルは奮闘している。大正時代はポケット用キャラメル(森永)の登場で高級品だったキャラメルは日露戦争の兵士を癒し、グリコーゲンを含んだグリコのキャラメルで子どもたちを魅了した。それも今は昔。

まぁ2007年にヨックモックが友好的に買収したフランスのアンリ・ルルーなんか人気みたいだし、これからまだまだ正統派キャラメルも巻き返しのチャンスがあるに違いない。もちろん生キャラメルなんざは異端だと思っている。しゃもじは、ホワイトデー・キャラメル化計画を推進します。

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本当は久しぶりに食べたアーモンドキャラメルのおいしさに感動したってだけ写メブログに書こうとしたんだけど、気がついたらどんどん長くなってしまったのでこちらにアップしました。どうしたらこんなになっちゃうんだろうな。実際キャラメルの売れ行きとかはあんまり知らないけど、断然チョコレートよりはキャラメル派ですね。

でも森永のミルクキャラメルもパッケージに『キャラメル・ウォーキング』というイラストが書いてあり、ウォーキング中の糖分補給をキャラメルで出来ると推奨しています。どうも老人の町内会で配ると良いですよと進められているみたいで複雑な心境になるんだけど、カロリーの高さを逆手にとる手法が時代と逆行してて苦しい感じが愛しいです。

  • おまけ

大事な面接でもキャラメルを配ればうまくまとまるかな。