『銭ゲバ』でも結婚指輪は、はずしてなかったね。

銭ゲバDVD-BOX

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良いドラマでしたね。まず唯一のスポンサーを買ってでたコカ・コーラにひとまず感謝の意を。風太郎は「悪」というよりは「善を拒絶」し続ける存在として描かれていて、ほとんど視聴者の気分をどこまで落とすかという執念の勝負が繰り広げられているような感じだった。こちらにむやみやたらな同情をさせない、もし流れた涙があったとしてもそれは気分の良いカタルシスでもなんでもない。むしろ惨めな罪悪感ですらあるような思いを抱かせる涙だったし、それを最後まで徹頭徹尾貫いた姿勢が良い。

ラスト、殺しを重ねて、幾度となく裏切りを繰り返し、己をボロボロにしてきた風太郎が思い出の小屋で向かえる最期の時。体に巻いた爆弾の導火線が長いのは、己を罰するためなのかと思えばそうでないとも解釈できる。幼い自分が柱に刻みつけた『お金持ちになって幸せになるズラ』の文字を睨み付けながら、別の人生を歩んでいる風太郎が流れる。

中流の幸せな家庭で平和に暮らす幼い風太郎。病で母親を失うことも無い、父親だって一緒に暮らしている。拾った財布のために隣の兄ちゃんを殺すこともない。大学へ行って、普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に子どもを持って―そんな誰もが思い浮かべる典型的な『幸せ』の幻影。思わず笑顔になるような幸せな場面に、死んでいった人たちの無残な姿を挟むというやり方に、やりきれない思いになったな。製作の思惑にはまったよ。

そのカッコ付きの『幸せ』は風太郎が死の間際に見た夢だという考え方も出来るけど、そういう解釈すらあざ笑うようなラスト。もうひとつ『こうだったかもしれない』というパターンを見せるという点では『イントゥ・ザ・ワイルド』と同じ。って、もちろん比較できる内容でもないのだけど、最期に風太郎が言った言葉は強がりでも、捨て台詞でも、虚勢でもない、もしかしたら本音なのかもしれない。お金のことを言うときだけ語尾が「〜ズラ」になるのは最後まで無理しているようにも聞こえたけど、これは意識的なものなのかな。

『確かに俺は人殺し、犯罪者だ。地獄に落ちてやるよ。ただな、おれは思うズラ。この腐った世界で平気なツラしてへらへら生きてるやつのほうがよっぽどくるってるズラ。いいか。この世界に生きてるやつはみんな銭ゲバだ。おまえらは気づかんで、いや気づかんふりして飼いならされた豚みたいに生きてるふりしてるだけズラ。そいでよきゃ、どうぞお幸せに。ただ、おれは死んでもおれみたいなやつは次々に生まれてくるズラ。そこらじゅう歩いてるんだぜ、銭ゲバは…じゃあね。』

ああ言われちゃったな、と思った。ただもうひとつの世界で、お小遣いを貰うことで"お金の遣い方"を学ぶ風太郎がおねだりを母親に窘められたり、風太郎が仕事の愚痴を緑に言ったときに「自分の人生が上手くいかないのを人のせいにすんな。全部自分の責任なの。」と叱られる場面があることで、バランスがとれている。ちゃんとメッセージはあるわけで。

本当にお金で人は狂うと思う。叔父は何度もうちに金の無心をするし、この間は叔母さんの夫が会社の金を横領したらしい。従兄弟はついこの間、また奥さんをフルボッコにして(DVね)懲役2年…ってこれは金とは違うけど、アメリカの親戚はお金がなくて滅茶苦茶になってます。叔母とその娘は、年金目当てに延命措置を施していた祖父が遂に死んだと思ったら、その直後に『宝探しだ!』と言って遺品の服のポケットやヘソクリを漁りまくったし、もう奴らは人間として終わってる。たとえ貧乏でも、うちは頑張ってる。堕落した奴らには、例え親戚でも微塵も同情をくれてやるつもりはない。

世の中は欺瞞で溢れているし、そんな簡単に何が正しいか判断は出来ないけれど、この時代というかこの"時期"に『銭ゲバ』をラストまでブレずに放送したことは意義深いんじゃないかなと思います。

あと子役の齋藤隆成がすごい演技を見せてくれたことは大収穫。『百万円と苦虫女』などでも良い演技してたけど、母親に向ける愛情や狂気じみた迫真の演技の幅には驚くばかり。なかなかハードコアでした。白痴状態から復活したミムラ松山ケンイチの攻防戦も見ものだったけど、木南晴夏の地味っぷりも良かった。あと若々しく見えた椎名桔平も進むにつれしっくりと父親に。これだけ俳優が集結したことは幸運でしたな。

まとまりのない感想になりましたが以上。