『真夏のオリオン』 これがニュータイプ戦争映画か(笑)

この映画の公開に合わせて、名作と名高い『U-ボート』が放送していた。もちろん私自身好きな映画なんで鑑賞したのがいけなかったのか、比べちゃいけないのも分かっていながらどうしても並べてみてしまい『真夏のオリオン』のあら捜しをしたつもりはないものの欠点ばかりが目に付いたのは否定できない。これはテレビ朝日のミスとしか言いようが無いよね。

『U-ボート』の魅力はやっぱりその『リアル』さで、戦争を生で知らない私が言うリアルには『っぽい』が必然的に付くわけだけど、それでも死と隣り合わせの中で生き抜こうと必死に苦しい状況との攻防を続ける隊員たちの逞しいドラマには圧倒される。史実には完全に沿ったものではないもののリアリティの追求には、監督の並々ならぬ思いを感じ取ることが出来る。ジメついたすし詰めの潜水艦内、隊員たちの髭はボーボーに伸びて、髪はじっとりと湿り、汗の臭いと塩気が画面いっぱいに広がるようなむさ苦しさ。逃げ場の無い艦内を響き渡るソナー音と沈黙の緊張感は、観る者も思わず手に汗握り息を潜めてしまう。派手さはないものの、荒々しい男たちの躍動感と息が上がるような切迫感は観客も一人の隊員であるかのように体感出来、なおかつ戦争のロマンチシズムに走らない姿勢は素晴らしい。

本題の『真夏のオリオン』のストーリーとしては『U-ボート』よりも『眼下の敵』を意識したようなものになっていて、日本軍と米軍の両サイドから描いている。映画は孫娘いずみがアメリカから届いた手紙と同封されていた『真夏のオリオン』という曲の楽譜をきっかけに、第二次世界大戦末期にイ-77潜水艦長を務めた祖父・倉本の過去を紐解こうとし、同潜水艦に搭乗していた元潜乗員鈴木を訪ねるところから始まる。

イ-77潜水艦長玉木宏、軍医は平岡祐太、そしてなんと回天の搭乗兵には黄川田将也ときた!揃いも揃ってアイドル俳優ばかりで、よくここまで揃えたなという感じ。ケミストリーの堂珍までイ-81潜水艦長として俳優に初挑戦、薄い半紙のような乗組員達をおさえる文鎮に吉田栄作が頑張ってくれているんだから、彼も脂が乗ったもんだなぁとしみじみ。顔だけでなくそれなりに演技も出来るメンバーが揃っているので、俳優に落ち度は無いのだけど、どうにもリアリティが無いんだよね。倉本にお守りとして楽譜を渡した志津子を演じる北川景子も黙っていれば良いのだけど、発声すると大根っぷりが露になり残念すぎる。

イ-81潜水艦は米海軍駆逐艦パーシバルに撃破され、沈められてしまうのだけど、酸素が薄くなった極限状態でモールス信号を送る有沢艦長も元から病弱っぽい堂珍が演じているので、ただの貧血に見えるし。『初挑戦にしてはうまいよね』と言いたいところだけど、そっちに意識が行ってしまう時点で戦争映画としては終わってる。さらに回天の乗組員に黄川田将也か…いや、彼もお国のために喜んで命を捧げようとする健気な若者を演じているのだけど、うーん、彼に問題はない。というよりは映画全体に緊迫感がないんだ。だから倉本に何度も回天の搭乗願いをする彼らにも、ピンとこない。

さて、米軍サイドはどうか。海上の知将といわれるパーシバルの艦長マイク・スチュワート役の俳優も、せめて玉木に匹敵するような知性を感じさせる人選をすればよかったものの、いかにも頭の悪そう。絶対イタリア語読めないだろ!!っていう(笑) イタリア語読めなきゃ死んでんですよ。イ-77の乗組員たちは!志津子が楽譜の下にイタリア語でメッセージを書いたからね。むしろ海上に放った楽譜によく米軍も気がついて、拾ったな。『艦長!ゴミが浮かんでます!』『んなもん、ほっとけ!』が関の山では。それじゃ映画にならないけど。

亡国のイージス』でも細かい心理描写が物足りず、俳優達の演技も生かしきれていない感があった福井春敏監督だけど、4年ぶりのメガホンとなりさらに腕が鈍ったのか若者にも分かるやさしくマイルドな戦争映画が誕生してしまった。やっぱり潜水艦モノは派手な戦闘シーンはシチュエーション上あまり無い代わりに、逃げ場の無い死と隣り合わせの空間を生かした心理描写なんかが不可欠。さらに『眼下の敵』ほど双方のストラテジーが火花を散らす頭脳戦を繰り広げするわけでもない本作を観る価値はほとんどない。倉本艦長のリーダーシップと魅力溢れる人間性を見事に表現した玉木宏の演技力には安定感があり評価できる。コスプレとして他の俳優陣も良い感じだよね。北川景子のスッピンもんぺ姿もなかなか。

あと潜水艦はディティールに凝っており(そんくらい当たり前)、悪くは無いのだけど、気迫が足りないムードに流されていかにもセット見えるのは惜しいの一言。

「祖国のために死ぬ」ことを美化しないスタンスは共感できるにしても、この先も戦争未経験者のロマンチックな娯楽"戦争風"映画が量産されるとなると溜息が思わず漏れそう…というわけで『U-ボート』や『眼下の敵』などを観てればおk。回天に関しては『人間魚雷回天』というこれまた大変素晴らしい日本映画があるので観たことの無い人は是非。傑作。

  • 追記

乗組員の鈴木が楽譜の曲をハーモニカで弾いたとき、倉本が『俺もオーケストラの指揮者になりたかったんだ!』って冗談で言うシーンがあるのだけど、あれは千秋様が玉木にとり憑いた瞬間だと思って間違いないと思う。

人間魚雷 回天 [DVD]

人間魚雷 回天 [DVD]