『消え行く少女』被爆と被差別

最近買った本、というか漫画ですね。買ったのは8月頭だけど、今月中に書いておきたかったので、メモがてら簡単に書きます。

消え行く少女 前編

消え行く少女 前編

消え行く少女 後編

消え行く少女 後編

先日映画に合わせて「カムイ外伝」の新作を発表すると報道された白土三平先生のご健在ぶりが嬉しいファンの一人だけど、これは1959年に発表された長編少女漫画。

主人公の少女雪子は、戦後のめまぐるしい復興に取り残された被爆者として描かれる。母親を亡くし、生き別れた(実際には既に亡くなっている)父親を探して放浪する雪子は、心優しい親友三太の家族の下に身をしばらく寄せる。しかし貧しい三太の家族に迷惑をかけまいと、一人行く当てもないなか彼の家を後にする。中華そば屋の住み込みとして働くようになっても、雪子の体が病魔に冒されていることを知ると店の主人は彼女を追い出す。その後も、ひょんなことから引き取られた金持ちの家に住むも、いびられ続けて自ら家を去らざるを得なくなる。そして縁があった親切なおばあさんと共に暮らし始めるものの、宮城で参賀に出かけたおばあさんは人の波に押されて圧死してしまう!

こういった想像しうる限りの悲劇が次々と雪子に降りかかり、「勘弁してくれ!」と絶句しながら読むことになるが、誰もが雪子には幸せになって欲しいと願いつつ、既にそれは用意されていない別世界の話だと悟ってしまう矛盾が起きる気がする。せめてもの、安らかな死。それすらシナリオにないことに気がついてしまう。それも早々と。だからこそ、読み進むごとに遣り切れない感情の波に、幾度も本を閉じるような動きをわずかに繰り返す。それでも目を逸らさずに読まされる。悔しいとか、悲しいとか、戦争はイカンとか、そういった分かりやすい感情表現以上に複雑な何かに悩まされる。

しまいには乞食となってしまった雪子の体を、確実に原子病*1が蝕んでいく。それが原因で雪子は時折、眩暈を起こしたり、鼻血を出したりする。後編では、乞食となり衰弱しきった雪子が「謎の山男」と出会う。最初は山男に脅えて逃げた雪子だが、山男が蛇に噛まれた雪子を命がけで救ったことをきっかけに心を通わせることになる。ずっと一人ぼっちで山に住んでいた山男は雪子を娘のようにいとおしみ、雪子も行方不明の父親を山男に重ねて慕う。『動物はいいわ…親がいない私のことをいじめないし…』つかの間の幸せが雪子と山男が包んでいた。しかし待ち受けるのは、二人を引き裂く悲しい運命。山男の正体は、朝鮮から強制的に連れて来られた鉱山労働者だったのだ。存在がバレた山男は強制的に母国に送還されることになってしまう。

雪子も山男と離れ離れになり、『おじさーん』と呼びながら探すものの、吹雪のなか眩暈を起こして倒れてしまう。そしてそのまま病院でうなされながら息を引き取る…被爆者、在日朝鮮人、社会的な弱者を真っ直ぐに悲劇を描ききっている潔さには圧倒される。これ以上ないほど残酷な人生を背負わされる雪子に焦点を絞ることで、一層救いようのない思いが込み上げてくる。原爆は一瞬で多くの人の命を奪うだけでなく、心にも投下され、生き残った人々のその後の人生にも苛酷な運命を強いる。

このユラユラと今にも消えそうな、か細い命の灯火を燃やし続けた一人の少女の物語は、多くの魂を思う手助けをしてくれます。長引いた原爆症認定訴訟が決着した今月5日、消えていった「第二、第三の雪子」たちの語られない悲劇を考えながらニュースを見ていたら、このタイミングで本書が復刻されたことには大きな意味があったと思いました。シンプルで可愛らしい絵ですが、深い一冊。白土ファンならずとも、是非。

*1:白血病。原子病についての説明は丁寧に何度も話の中に挟まれる。