『カティンの森』


岩波ホールに足を運んだのはこれが初めてだったのだけど、『カティンの森』は過去上映作品をザッと見てみても岩波ホールらしい上映だと思える。*1ポーランドが生んだ『灰とダイアモンド』の巨匠アンジェイ・ワイダ渾身の一作であり、彼の映画監督人生の集大成ともいえる『カティンの森』は第二次世界大戦中の1940年に起きた「カティンの森事件」を題材にしている。これは1939年にソ連の捕虜になった約1万5000人のポーランド人将校が行方不明になり、その約3分の1がカティンにある森で虐殺されたという戦争が生んだ悲劇では片付けられないほどの残虐な事件であり、真相が完全に公になったのは冷戦が崩壊してからだという第二次世界大戦でも最大のタブーである。ワイダ自身の父親もカティン事件で亡くしていることから、彼が監督しなくて誰がすると言いたい所。

国自体が無くなったりしているポーランド、この国は本当に戦争という歴史に翻弄されていると思う。映画のオープニングはそれをまさに象徴的するように、西からのドイツ軍侵攻から逃れるためにポーランド東部ブク川の橋を渡る人々が、今度は東からソ連軍が侵攻してきたのを知り、逃げ惑い混乱する様子が描かれる。そんな中で、娘のニカを連れたアンナは車に乗った大将夫人のルジャに声を掛けられる。二人が行く先は反対方向だが、どちらも混迷する時代の渦に巻き込まれていくのだ。もちろん事件の直接的被害者は殺された将校たちかもしれないが、映画ではむしろその妻を中心とした家族のドラマを追っていく作りになっていて、これが単なるタブーに切り込む問題作というだけでは語り尽くせないほど観る者一人ひとりの心に刻まれる作品に仕上がった理由だといえる。

ポーランド人将校の妻は死ぬ運命」とされたが、彼女を守るために結婚を申し込むロシア人大尉に命を救われながら、アンナとニカは奇跡的に生き延びていく。そして、アンナは夫のアンジェイが収容所に連れて行かれてからの日々を彼の帰りを待つこと、それを支える犠牲者リストに夫の名前が載っていないことを確認するという希望だけを拠り所に生きていた。映画の後半では、大将の妻ルジャにも焦点が当てられていく。当時、最初にドイツ軍が事件をソ連の仕業だと嗅ぎ付け、対外宣伝用に真相を究明すべく調査に乗り出すが、これに対してソ連が反論、ドイツ側の犯行だと主張する。(もちろんソ連の主張には誰もが懐疑的だったとはいえ)夫の帰りを待ち続ける、家族は二転三転する疑惑に振り回されていたのだろう。しかし、映画でとても印象的だったのはルジャ夫人がどんな真実であれ、知りたいと願う強かな精神を持っている姿だった。ドイツ軍将校が彼女に、カティン事件の証言の録音に協力(紙に記載されてある通りに読めという一方的なもの)させられた時も頑なに拒み、結果的にソ連軍の犯行だったことを知った時でさえ毅然とした態度を貫くのだ。

映画は、アンジェイにセーターを貸したために身分が入れ替わってしまった親友のイェジ中尉や、クラクフ大学でドイツ軍に反独宣伝の中心だと言われて問答無用に収容所に送り込まれた大学教授たち(アンジェイの父ヤン教授も含む)、時代が移り変わった一筋の光のような存在であるアンナの甥タデウシュなどを巧みにストーリーに絡ませ、当時の映像も交えてつつ描かれる。ワイダの精微で冷徹な眼光によって映されるドラマは淡々と、だが重々しく観る者に史実を伝える以上の感銘を与えると思う。それでいて、事件を詳しく知らない人にとっても、かなり分かり易いものになっていたのではないだろうか。これは映画が果たすべき役目を完璧に務めているといっていい。それは、ワイダが若者の関心から薄れつつある凄惨な事件を今一度呼び起こしたいという願いと、その家族も含む犠牲者への鎮魂の思いが実現したのだろう。

ラスト、機械作業のように後頭部を撃ち抜かれてボロ切れのように次々と穴へと放り込まれていく兵士達の死体に積もる、土の凍るような冷たさを肌で感じるような錯覚さえ起こすものだった。

カティン事件の犠牲となった将校は、技師や医師、教師などの知識人が多く(もちろん将校以外の大学教授も同様に)、彼らを脅威に思ったスターリンが命令した虐殺だと思うと、どこまでも遣り切れない思いに包まれる。ポーランド人の友達は、愛国心の塊のようなヤツで、夢はタイムスリップして兵士として大戦に身を投じることらしいんだけど、最初はにわかに信じがたかったその願いも、ポーランドが経てきた歴史を知ると、少し納得が行くものがあるかも。私も2007年のアカデミー外国語映画賞にノミネートされたときに知って以来ずっと興味があったので、念願かなった思い。岩波ホールは200人程度の小さい劇場ですが、満席でしたよ。

*1:サラエボの花』なんかは当時とても観に行きたかった・・・!!