『あの日、欲望の大地で』

あの日、欲望の大地で [DVD]

あの日、欲望の大地で [DVD]

ギジェルモ・アリアガがアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥと事実上決別をし、自らメガホンを取った最初の作品。過去と現在、複数の人物に焦点を充てつつ、徐々にラストへと絞っていく脚本スタイルは依然として得意としている様子でしたが、今回は一人の女性を中心に構成されています。

ポートランドの高級レストランのマネージャーをする主人公シルヴィアは、男と行きずりの肉体関係を持つ日々を続けている。そして繰り返す自傷行為。(後半を観れば、その感情を伴わないセックスそのものが彼女自身を穢すための自傷行為他ならないことが分かる)その意味を明らかにするのが、かつて住んでいたニューメキシコでの出来事。

母親は、良き妻を演じながら、ある男との密通を繰り返す。ひそやかなその関係は、娘の目には隠し通せず、逢瀬の場になっていたトレーラーハウスを突き止める。その後、娘の浅はかな放火(でありながら、どこか確信的にも見える)によって二人は命を落とし、娘は同じ境遇になった母親の間男の息子と、惹かれあうようになって行く。

一方、現在のメキシコでは幼い娘とその父親のストーリーが進み、シルヴィアとの関係が分かっていくのだけど、そこかしこに散りばめた生々しい傷と、その再生が描かれており、じわじわと沁みる良い作品でしたよ。

俳優陣が素晴らしいのだけど、特にキム・ベイシンガーが良い。いつまで経っても、良い女だと思う。年を取っても、良い女だという説得力が全身に漲ってる。そして良き妻としての体裁を、家族との関係を保ちたいと思いながら、女としての欲望に従ってしまう罪深さを本当に見事に体現している。演じているというより、体現しているんだよね・・・全身で。陳腐なメロドラマっぽい設定なのに良かった。シャーリーズ・セロンは綺麗っちゃ綺麗ですが、求められているだけのことを問題なくこなしている感じ。少女時代のジェニファー・ローレンスがちょいブスなんですけど、田舎の美少女って感じが絶妙。しかもキムの娘っぽい。彼女は良い。

ニューメキシコ時代の主人公の真意は、見えそうで見えない部分もある。母親を結果的に自らの手で殺めてしまったあとに、不倫相手の息子と恋仲になることは、同じ境遇であるというだけでなく、母親のうしろめたさを抱えた愛を理解しようとしたためか。それとも、親譲りの性質なのか。主人公自身は後者と思い、物語後半で娘と再会することになるが一度拒絶する。娘までもが、自分に似てしまうことを恐れているからですね。

今回の作品で、キーとなるものが「火」と「傷」だと思う。娘は火をもって親とその愛人を殺め、火を持って恋人と永遠に残る傷を体に刻む。その意味は、罪の意識を忘れないための自戒かもしれないし、自らに与えた罰かもしれない。けれど、恋人と付けた腕の傷はもっとナイーブなものだと思う。むしろ、主人公は産んで二日後に子どもを捨ててからの日々の方が、大人になるにつれ増していく自己への嫌悪に苦しめられているように見える。自らを罰し、辱め、救いのない方に向かっていた主人公が、成長した娘と出会い、互いの葛藤を乗り越えながら、差し出された希望を離さんとするラストは静かに胸を打ちます。素直に娘に許しを請う姿は、一見虫が良いように見えますが、娘役の子が大人びているので、まぁヨシとします。

ただ、主人公の父親があまりにも気の毒過ぎる。妻の愛人の息子が、娘が逃避行しようとするのを、無言で見つめるシーンが一番この映画で悲哀に満ちていると思う。妻が他の男に抱かれていることも、自分ではもう妻を満たすことが出来ないことも、すべて知っていたでしょうね。そして娘までも奪われる。残された幼い兄弟たちも含めて考えると、人とはいくらでも罪深くなれるものだと、悲しい気持ちにもなりました。

私はイニャリトゥの風呂敷広げまくる感じに、ちょっと付いていけない時もあるので、ポートランドニューメキシコ・メキシコ2つの家族という小さな集団を中心に、大胆さに欠けるものの、静かなドラマを展開するアリアガを見て、まだしばらくこの人の作品を追っていこうかなと思います。