聖母の柔肌が裂かれる時『ローズマリーの赤ちゃん』

ローズマリーの赤ちゃん [DVD]

ローズマリーの赤ちゃん [DVD]

赤ん坊というのは、いつでも私の中で恐れるべき存在であり続けています。もうこれは生理的な問題だと思っているんだけど、あのクリーチャーを可愛いと思えない。きっとこれは、少年が抱く女性に対する恐怖心に近い。説明のできないゾワッ感があります。そういう人に限って自分の子が出来たらめろめろになるよね、と言われるけれど自分の腹が別の生き物によって膨れるのは、おぞましい事この上ないです。だからこそ、私にとって「ローズマリーの赤ちゃん」は一層恐ろしい映画となるのです。というわけで、先日久しぶりに最初から最後まで通して見ました。母親と一緒に。相変わらず、良かった!!

改めてみると、ミア・ファローのファッションがマジで可愛い。華奢で折れそうな体に、常に不安を浮かべたような瞳、美人ではないけれど、夫が悪魔に心を売り、悪魔の子を孕んでしまう不幸なローズマリーには本当に合ってる。夫を愛する可憐な花のようなローズマリーが、悪魔的儀式によりレイプされる場面は、描写としてはあまり好きではないけれど、白い肌に爪痕が残されて痛々しい。妊娠の喜びも束の間、原因不明の腹痛に苦しみ始めてやつれていき、孤独に追い詰められていく様は見ていても苦しいです。しかも、いつもおむつ履いているみたいにペタペタ歩くんですよね。その昔なら、映画の端役にすらならなかったようなタイプの女優です。この時がピークだと思うけど。

赤ん坊は、性善説を前提とするならば、本来は無垢で純粋で、汚れなき存在であり、悪に染まる前の「善」そのものだと思います。何をもって善というかなどという「行為」を挙げ連ねた議論をすべて跳ね除ける、天使そのもの。一般的にはそう思われるような存在が、恐怖となりうるという表現方法はまさに混沌とした当時の世相を表していると思います。ヒッピー達が社会の常識を覆し、市民の価値観は大きく狂い始めた、60年代後半。若者はマリファナをふかして大人たちが恐れおののいた時代。

そういえばローズマリーという名前は、聖母の薔薇とも取れます。西欧では魔除けとしても使われるローズマリー、その名を持つ主人公が悪魔の計らいによって(悪魔の用いる薬草)タニスを首から下げ、ミルクに混ぜて飲ませられ続ける。なんかもう、その象徴的な名前だけで怖さが増します。ラストも、どんな赤ん坊が生まれ、そしてローズマリーが受け入れたのか、観るものは想像することしか許されません。自分の言葉を持って説明できないことは、永遠に完結することなく、恐怖と不安が心を巣食うと思う。上等なホラーには欠かせない手法ですね。

あとDVDのインタビュー映像を見て思ったけど、夫役が当初予定されていたジャック・ニコルソンにならなくて本当に良かった。だって、想像しただけで「シャイニング」モードの姿が浮かぶ。この映画の抑制の効いた演出には合わないです。