『モールス』トランクに愛を詰め込んでさぁ旅に出よう


すっかり遅くなってしまったけれど『モールス』の感想です。まだ上映してるところあるからギリギリよね。まぁいいわ。オリジナルの『ぼくのエリ 200歳の少女』を見ていたため、リメイク版の今作を見るにあたっておのずと比較になってしまいましたが、オリジナルは見ておいた方が良いと思います。単純に比較をすることは面白いと思うし、特にオチを知ったうえで見ると『モールス』の何が優れていて、何がオリジナルより劣るかがはっきりと分かるんじゃないですかね。

オリジナルは、少年と少女の出会いから淡々と描いていましたが、こちらは少女の庇護者がミッションに失敗し、自分の顔に硫酸をぶっかけて病院に担ぎ込まれたところから始まります。アメリカ人向けに「つかみ」が必要なんですね。確かに、出だしのインパクトを重視するうえでは、構成をいじることは必要だったとは思いますが、この場面を冒頭に持ってきてしまったことで、時系列がズレます。この必然性がなさ過ぎて、かえって見づらさを感じまする。

このリメイクで特徴的なのは、主人公のオーウェンの母親を徹底的に排除していること。最初から後姿や、顔の一部、正面からでもピントは絶対に合わせない。自動車免許の写真まで古ぼかして見せない徹底ぶり。それだけ、母親との関係が希薄だということが分かります。それはもうわざとらしいくらいで。さらに、オーウェンが通うトレーニング教室で仲良くなる少年。オリジナルに登場していた彼は、リメイクには出てきません。この二人の存在の排除が、私は致命的に残念だと思ったんですよね。さらに事件を捜査する刑事のコミットの仕方に工夫が欲しかったのも事実。犬死感否めず。

どうしてこの物語のラストがこんなにも悲しいのか。それは、今は同じ年齢に見えるオーウェンとアビーの二人だけれど、そのうちオーウェンも亡くなった庇護者と同じ運命を辿るのだろうなという絶望感なわけですよ。物語の中で、オーウェンは、一枚の古びた写真を見つけます。その写真には今と変わらないアビーと、若かりし頃の庇護者の姿が写っています。このシーンは別になくても良くて、ただアメリカ仕様に観客にヒントを与えているだけなんだけど、とにかくこのシーンによってオーウェンは自分が辿る運命も分かってて、それでもアビーと逃避行をすることを決意したっつー説明ですな。

オリジナルでも、リメイクでも二人は一度道を分かちます。その時に、オーウェンは友だちが出来る。主人公が少女と別離しても、その友だちによって、少女のいない世界との繋がりを持てる。一人ぼっちじゃない。でも、リメイクの方は最後アビーと共に生きていくという選択によって、彼が失うものがないから絶望度低い!かーちゃんも存在感薄、学校ではぼっち、極めつけは無関心なとーちゃん。もう彼にはアビーと生きていくしか選択肢がないのでは、と思うほど。

キャスティングはオリジナルと対照的。オリジナルは、少年の方は儚いショタ性が押し出されており、物語でもしんしんと積もっていた雪のように白い肌と金髪は、少女とちょうど対をなしているのが印象的だったのに対し、今回はその逆を行こうという感じ。『キックアス』で人気を集めたクロエ・モレッソをお目当てに劇場にいった人もさぞ多いことでしょう。クロエ嬢は、かわいい。そう確かにかわいいんだけど、今が一番もぎたて果実というか、きっと今後勇ましい顔(率直に言ってしまえば男顔)になってしまうんじゃないのかと思われます。しかし、声が非常に良い。更に言ってしまえば彼女にスカートとブーツを組み合わせたスタイリストは良い仕事した。膝がかわいすぎです。しかも完全に小悪魔。小悪魔としてはオリジナルとは比にならないです。ミッションインコンプリートで帰宅した庇護者を罵倒し、時々最低限のご褒美を与える美少女バンパイア。おっさんせつねー。

オリジナルの少女は、決して可愛くは無いのだけど、この子なら生き血もすすりそうだな、生臭くてもおかしくないなと言わしめるオーラがあります。そして、何百年と時が流れても、庇護者と共に生活し、依存する形でしか生きることのできない哀しさを体現している。だって、彼女にあるのは愛じゃないですからね。あくまでも生きるため。本当に愛があれば自ら燃えて死ぬでしょう。でも絶対的な寂しさはある。せつねー。

単独で観れば「モールス」もなかなかの出来なのですが、比較すれば「ぼくのエリ」に軍配が上がるといったところですかね。

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