『永遠の僕たち』葬式で出会った不思議な子の話


ガス・ヴァン・サントの作品は監督・プロデュース含めて大体観てるのですが、作品コンセプトが毎回明確だと思います。それほど、作品ごとの毛色が異なるというか。ここ最近だと「ミルク」では社会性の高く、尚且つパーソナルで優しい仕上がりの作品で、とても良かったと思うし、「パラノイド・パーク」ではもぎたて果実ボーイを美しくフィルムに収めることに関して一つの到達点に至ったように思えます。後者に関しては、彼のライフワークではないかと睨んでまして、今回もヘンリー・ホッパーの美少年っぷりを収めることが目的だと思い込んでいたのはここだけの秘密。

自身を投影しすぎず、実験的であることを恐れずに作品を世に出し続ける姿勢は好きです。んで、新作の「永遠の僕たち」はどうだったかと言いますと、端的に表せばガス・ヴァン・サント的「恋空」です。非常にケータイ小説っぽい内容でした。といっても、安っぽいわけではなく、それだけ「死」を美化したロマンチックで少女マンガのようなおとぎ話だったんです。どったのガッサン!(ガス〜の略称です。お好きに使っていいよ。)

主人公のイーノックは、ウェディング・クラッシャーならぬ”フューネラル・クラッシャー”つまり赤の他人の葬式にふらりと出ることを趣味としている男の子。両親を事故で失い、臨死体験を経験していますが、死は彼にとって現実的でないようです。ちなみに、彼が他人の葬式に出席する理由は後から明かされ、それが潜在的に彼に大きな苦悩をもたらしていた事が分かります。その密かに隠れていた苦しみのドアをノックしたのは、彼が出席した葬式で出会ったアナベル。余命わずかとされ、ダーウィンと鳥類を愛する風変わりな彼女と、イーノックだけに見える幽霊の友達ヒロシ。死に憑りつかれた三人を中心に物語は展開します。

予告を見た時「加瀬亮は嫌いじゃないけど、明らかに要らない感じするなぁ」と思っていたのですが、最後まで見ると意外ときちんとポジションを持っていたと思います。志半ばで死んでしまった者の立場から、イーノックを導くのですが、その必要性を感じるほどイーノックは辛気臭くて気力のないキャラクターでしたから。それに加瀬亮の演技は、英語でもいつもと同じで良かったです。

原題は「Restless」。「忙しい、そわそわとした、落ち着きのない」といった意味がありますが、この場合は「ふわふわとした」という表現が合うような気がします。*13人とも地に足のつかない、移ろい彷徨うような魂を体現しているようです。そして死を描きながらも、この作品はわずかな死臭さえ漂いません。そういう言い方もおかしいけれど、特にアナベルのネバーランドの住人的な要素を詰め込んだような容姿は、死期が近づいている気配は片鱗も感じないです。愛らしいファッションは見てて楽しい。ヘアスタイルもジーン・セバーグのようなベリー・ショート。レトロで現代のようで現代でない、フランス映画を意識したようなセンスが散りばめられていました。時代設定もわざと曖昧にしているんですかね。途中フレンチのポップスが流れ出した途端に、ガッサン意識しすぎやろと内心ツッコミましたが・・・あと、さすがにハロウィーンのコスプレに日本の特攻隊の恰好する奴は二人もいないと思うんだよね。

彼らのふわふわとした死生観との対比を表す存在が、アナベルの姉です。彼女の存在によって、おとぎ話はグッと観ている側にリンクしてくると思います。父親の不在、母親はアル中気味、大切な妹は余命わずか。彼女が置かれた立場はとてもツライものがあります。取り乱すこともありますが、真っ直ぐに残された妹との時間に向き合い、気丈に振る舞う姿が良かったです。

Sufjan StevensやBon Iverなどの優しい音楽のセレクトは「グッド・ウィル・ハンティング」でElliot Smithを使った時の感じを思い出しますね。素敵です。ガッサンとハリス・サヴィデスとの相性も毎回良いですね。個人的にはまたクリストファー・ドイルと組んで欲しいとも思います。ちょっと私には乙女チック過ぎましたが、そのうちナイロニスタの好きな映画ランキングとかに入るんじゃないかなと。では、以上です。

*1:後ろにSpiritが付けば「未成仏の魂」といった意味にもなるし。